八島正年+八島夕子|団欒を描くように Drawing a scene, a pleasant time of life
― 形があらわれるとき
――では抽象的なスケッチから、実際にはどのように形ができてくるのでしょうか。
正年 まず多くの場合、2 人で会話しながら、彼女が絵を描くんです。その絵を見ながら、また話しあったり、模型で確認するときもあります。
夕子 でも、絵で描いている抽象的なものがだんだん具体的な形に変わっていく、ということはないかもしれません。あるところで、図面を引き出しては、また抽象的なスケッチに戻ったりします。その間を行ったり来たりしてますね。
正年 そうだね。実際にこれつくろうってなった時は、決まったときだね。スケッチをずっと描きながら、もうそこで大体の形が決まった時に、「さぁ図面描こう」って。でもその決まった形っていうのは、絵として出力されたものではなくて、頭の中の妄想なんだけど( 笑)。だから、図面引くまでにスケッチで考える期間がすごく長いですね。建主と話をしたり、いろいろな条件の中で考えていても、ずっとそこには絵があるんです。自分の頭の中で、実際にできるであろう空間を見るための眼鏡、みたいな感じかな。
――頭の中には図面のイメージはあるのですか。
正年 図面っていうはっきりしたものはないかも。
夕子 私は断面のイメージはあるかな。私たちが描くのはただの絵ではないし、空間を想像しているわけだから、ある程度は立体的に考えていますね。
― 空間を描く
夕子 試行錯誤するときに、自分のために描くスケッチも多いですね。どうやって光を入れると実際にどう見えるか、確かめたりするためのものです。「こっちから光を入れると、手前は暗くなるな」とか。そしてまた次のスケッチを描く。それを繰り返しながら、空間の奥行きや雰囲気を考えていくんです。
正年 この断面のスケッチ( 下図) は少し具体的ですね。
夕子 採光を検討するときには断面的なスケッチをしますね。トップライトって、その落ちたフロアにしか光が当たらないのは面白くないなと思っていて、その下にも光を落したときに、上と下で光の量や質も変わるな、っていうのを描いてみたのがこのスケッチです。そこから空間の使われ方のイメージを膨らませたりします。「上は明るいから、広間にしよう」とか、「和室で床が畳だったらどうかな」とか。
正年 そういうのを妄想してね( 笑)。
夕子 こういったスケッチはもちろん建主には見せないですね。あくまで自分のためのスタディです。
― スケールを描く
正年 東京藝術大で助手をやっていた頃に、事務所で「吉村順三建築展」(2005) の会場構成を担当させていただきました。初めはどうしようか、と思って。建築家の展覧会って、当時は、時系列に作品を全部並べて、生い立ちから始まり、処女作がこれ、晩年はこれというのが多かったんです。でも、今回は作品集を見ればすむような展示にはしたくなかった。実際に吉村さんの住宅を訪ねたときに感じた、吉村さんのスケールに対する思いや感覚を、会場に来た人が何らかのかたちで直接体感できるようなものにしたいな、と。
――具体的にはどのような構成になったのですか。
正年 会場が藝大の中の美術館だったのですが、スケールが大きいんですよ。その大きな展示空間自体に圧倒されるようなことはなくしたくて。吉村さんが住宅でよく使う天井高のスケールが2300mm なんです。その寸法を感じさせるために、天井高さ約7m の展示空間に2300mm のレベルで天井をつくろう、という話になりました。天井が低くなると急に住宅内部にいるような落ち着いた空間になります。幅が4.5m、長さ30m 以上あるラワンベニヤで仕上げた天井をワイヤーで吊るし、その下に設置した製図版に図面などを展示しようと。すると当時に設計事務所で図面をみせてもらっているような雰囲気になりました。ラワンベニヤというのは吉村さんの建築で天井の素材に多く使われていたものです。
――その構成もスケッチからおこしたのでしょうか。
夕子 そうですね。構成自体はすごく単純なものだったので、そのコンセプトをあらわすような、天井と大空間の関係をスケッチでおこしながら設計しました。なにより、大学の大先輩方に説明するための、プレゼンテーションに気を遣いましたね。正年 初めに提出したのは、上から見た絵( 下図) ですね。左端にエレベーターと待合室があるんです。反対の端は暗くできるから、ひとつの展示ブースにして、大きい空間にはメインの展示で、天井を吊るそうと。
次に描いたのはパースのスケッチ( 上図) です。低いレベルで伸びていくラワンベニヤの天井と、会場の階高との関係を想像しながら描きました。スケッチを用いることで、言葉や図面だけでは伝わらない部分が上手く伝わったかなと思います。
夕子 今見るとすごく焦って描いていますね。
正年 他にも原図を1/ 1でプリントして屋外に展示したり、見付が18mm もある障子を使った展示をしました。来た人にいろいろなかたちで吉村順三のスケールと手法を感じてもらえたと思います。全体を通じて、人を中心としたスケールの話っていうのは、やっぱり僕らも興味があるんですよね。
― 住まいを描く
――いまお話を伺っているこの事務所を兼ねた自邸も、ほかの住宅と同じように設計されたのですか。
夕子 実はこの土地には以前から住んでいたんです。だから場所の特性も、もちろん家族の情報も全部知っているし。考えないといけなかったのは法規くらいだったので、その中で最大のことをしよう、と話していました。
正年 だから他のプロジェクトとは逆に、自邸のスケッチはほとんどないんです。僕らは確認作業としてスケッチを描くことが多いから。やりたいことは全部ふたりで共有されていて、確認する事項が少なかったように思います。「これでいいよね?」「そうだね」みたいな。
夕子 この断面のパースは建物が完成してから描いたものですね。
正年 こういう絵があると、言葉で説明しなくてもいろんなことが伝わりやすいんです。建築の専門家でなくても目で見て全部分かる。どこがエントランスで、どこがリビングとかね。
――今私たちがいるのは、地下の傘みたいな照明の下ですね。
正年 そうですね。このすぐ上がゲストハウスになっていて、その隣が玄関ですね。家の真ん中にある急な階段を登るとリビングと、キッチン、それから寝室です。リビングを通って、さっきよりもっと急な階段の先には、小さな茶室と子供部屋です。トップライトのところですね。
――2 階部分に何か丸くて大きなものが吊り下がっていますね。
正年 これ自体は大きな球体の照明なんですが、空間のスケールに対してはとても大きいものです。子供にも記憶に残る空間であればいいなと思っています。カーテンを開けていると、外からも小さな家の中に突然、月が浮かんだような不思議な感じで見えるんです。
夕子 この近辺って、住宅地なのに人が住んでいる気配があまりしないんです。大きな家が多くて塀が高いし。歩いている人は観光客が多いしね。だから家の中がちょっと見えて、生活の気配が出てもいいなと思って。外から来た人とちょっとだけつながっているようにしておきたかったんです。